有機農業をはじめよう/コラム記事

13.化学肥料はなぜいけないのか

化学肥料。そんなもの何の害もないと思っておられるか、何となくいけないようだが、なぜいけないのか、はっきりした理由がわからないと、誰しもが思っておられうようです。ところがどっこい、化学肥料のいけないわけは、はっきりとした理由があるのです。でなければ、有機農業で使ってはいけないという根拠もないわけですから。前置きはさておき、ご説明しましょう。

牛たちが次々と死んでいった

6年前の夏。日本中が雨不足で渇水に悩んだのを覚えておられますか。悲劇は、このさ中に北海道で起こったのです。長い間、雨が降らなかったため、牧草地の牧草はぐったり萎れている状態をすぎて、ほとんど枯れ草状態。そこへ干天の慈雨がやってきました。牧草は緑を取り戻し、牛たちも大喜び。久しぶりにみずみずしい青草をムシムシと食べたのです。悲劇はその直後起こりました。牧草を喜んで食べた牛たちが、次々と死んでいったのです。牛が草を食べてから死ぬまで時間はかかりませんでした。なぜこんな恐ろしいことになったのでしょう。

元凶は硝酸態窒素でした。見慣れない言葉なので、少し説明しましょう。動物とおなじように、植物も自分たちの体をつくるのに窒素が必要です。それでもって、たんぱく質をつくるのです。植物の場合、窒素分は根から吸収されます。吸収されるのが、硝酸イオンかアンモニアのイオンなのです。これを硝酸態窒素・アンモニア態窒素と呼んでいるのです。ところで植物は、自分の体をつくるのに必要な量以上の硝酸態窒素を蓄積しても害がないのです。それどころか、土の中にあるだけ、吸収できるだけの硝酸態窒素を、どんどん吸収して葉にためてしまうのです。化学肥料をやればてきめんです。

なぜ、悲劇は起きたのか。原因は干ばつです。雨が降らなかったため、牧草を育てるのに施用した窒素肥料が、毛管現象で地表近くに濃縮されていました。ふだんなら、施用した窒素肥料のうち、植物に吸収されなかった余分の窒素は、雨が降ると土の中を上から下に向かって流れ去ってゆきます。ところが、干ばつで地表からの水分の蒸発が盛んになり、余分の硝酸態窒素が、どんどん地表近くにたまってきたところへ、雨が降ったのです。そのせいで、牧草は一気に水を吸収し、吸収される水に溶けた硝酸態窒素が、一気に牧草へと蓄積していったのです。おそらく牧草に含まれていた硝酸態窒素の量は、ふだんとはケタはずれだったでしょう。

牛の胃で起こったこと

牛の胃にはルーメンとよばれる一群の微生物や原生動物がいて、食物を分解しているのです。そのおかげで牛は繊維質を消化できるのですが、なんせ胃袋はほとんど無酸素常態になっています。そのため牛が時折するゲップは無酸素状態で発生したメタンガスです。つまり還元状態。ここでは硝酸態窒素が還元されて亜硝酸になります。亜硝酸は腸から体内に吸収されますが、体内で恐ろしい変化を引き起こすのです。

メトヘモグロビン血症

血液のなかで酸素の運搬をになっているヘモグロビンは、亜硝酸と結合すると、酸素運搬機能をまったくもたないメトヘモグロビンになってしまいます。体内に吸収された亜硝酸が多いほど、血液は酸素の運搬機能を失ってゆくのです。メトヘモグロビン血症。ひどい場合には体全体が酸欠状態になってしまうのです。いくら肺で呼吸しても、ヘモグロビンが酸素を運べない悲劇。それが硝酸態窒素をたっぷりと吸収した牧草を食べた牛に起こり、極度の酸欠で牛は窒息死してしまったのです。

ブルーベイビー

私が学生だった30年以上前、ヨーロッパのあちこちで血の気のない青い顔をした赤ちゃん、いや青ちゃんが大問題となったことがありました。硝酸態窒素の多い草を食べた牛の乳を飲んだり、野菜を生のまま食べたりした母親の赤ちゃんです。おかあさんの腸で亜硝酸になり、それが母乳をへて赤ちゃんの体に入り、結果的にメトヘモグロビン血症を引き起こしたため、酸欠状態で青い顔をしてグッタリした赤ちゃんになったのです。亜硝酸でフラフラになった牛でも外見は分かりませんし、この牛の乳を飲んだ母親も体調悪いかな?くらいですが、赤ちゃんは体が小さいので大変! これがブルーベイビー事件でした。これがきっかけで化学肥料に対する批判が高まり、やがて環境税の導入や化学肥料に対する課税、過剰の施用に対する規制となって実を結んだのです。

過剰窒素と病害虫

牛の悲劇だけで問題が終わったわけではありません。今や日本中、硝酸態窒素だらけなのです。雨が少ない欧米であれば、硝酸態窒素が地表に蓄積しやすく、河川を汚染するのも当然でしょうが、雨が多い日本で、簡易水道や地下水が汚染されているのです。それもかなりの濃度で。また、化学肥料は吸収されやすいので、化学肥料を施用した野菜には、たっぷりと硝酸態窒素が含まれているのです。

アリマキともいうアブラムシが、春、新芽についているのをよくみかけます。アブラムシは植物が葉で合成したアミノ酸や糖分を運ぶ篩管(しかん)に、長い針状の口を突き刺して、チューチューと吸い出します。ところが、アブラムシの必要とするのはアミノ酸の方で、糖分はごくわずか。余剰の糖分は排泄するので、アブラムシのお尻からでる分泌物は糖度が高く、アリの大好物です。

植物は土のなかにある窒素分をありったけ吸収してしまいます。吸収量が多ければ、それだけ植物体内のアミノ酸も増えてきます。アミノ酸が多い部分にはかならずアブラムシがいます。アブラムシだけでなく、害虫と称される虫たちにとってはアミノ酸は大好物。ですから化学肥料をガッポリ施用した作物に、虫たちがついて食害するのは当然のことなのです。

むしろこれを窒素過剰の危険信号だと思えば、ありがたいことに虫たちが合図してくれていることになるのです。過ぎたるは及ばざるがごとし。過剰の栄養は、作物とて不健康になる原因となるのです。

※このコラムは『ぐうたら農法のすすめ』『有機農業コツの科学』の一部より、著者の許可を得て転載しております。