有機農業の考え方

環境保全を考慮した農業の姿
近年、作り手の顔が見えて安心できる食べものを求める人々が、確実に増えてきました。さらに、里山や流水域など、農林水産業と密接につながっている自然環境をともに守っていきたいという市民意識も高まっています。この流れは、有機農業者とその支援者の地道な努力によって、一歩一歩つくりあげてきたものです。

農山村の生産活動において、これからの最も重要な技術的テーマは「地域と地球の環境保全」です。有機農業は、自然環境とそこに棲むさまざまな生きものの世界を健全に保ち、そのことによって人々の暮らしと健康を支える仕事です。有機農業者は、持続的な生産活動の中心を担うことにより、地域社会の安定に貢献できます。農法の垣根に過度にこだわらず、互いに学び合い、協力し合って、地域農業の振興への前向きな参加が求められます。

こうした有機農業においては、その営農の方法は人類が永年にわたって培ってきた「本来の農業」にもとづきます。本来の農業とは何か、耕し方、作物の守り方、食べもののあるべき姿はどうあるべきか――などなど、さまざまな課題について研修生とともに討論できる機会を持つことが大切です。

生きもの相互の多様な関係を活かす有機農業
有機農業においては、「健康な土」と「豊かな農地生態系」が重要な条件になります。健康な土とは、多くの種類・量の生きものが安定的に棲んでいる「生命力豊かな」状態をいいます。多くの土壌生物が生存するためには、そのエネルギー源や棲みかとなる有機物が必要になります。地上の生きものの世界もその連なりにあります。よい土をつくるために堆肥や有機肥料を投入し、豊かな生態系を活用するために多品目の作物や草も使いこなすのが、有機農業の基本技術です。

生きもの同士の関係が豊かになり、捕食、餌の競合、棲み分け、共生などの関係に満たされると、特定の病害や虫害の激発が少なくなります。生きものの種類が多くなれば、相互の影響力が複雑になって、特定の生物が暴れられなくなるからです。こうして、健康な土と豊かな生態系が栄養豊富で機能性に富む健康な作物を育み、それを食べる人に健康をもたらします。有機農業の研修では、自ら育てて食べるまでを体験し、その意味を自ら考えられる場にしましょう。

地域の自然資源を活用する
土に持ち込む有機物は、できるだけ地域の資源を循環させて使います。周辺の山林や草原から、農林水産業のさまざまな副産物、食品の余りものまで、使う量や質に配慮しながら十分に使いこなします。周辺環境の生物群も、とても重要な資源です。

有機農業の技術の基本は、自然界の植物生育のしくみから学びます。野生の植物群は、土中や地上に棲む多くの生きもののはたらきによって、健全な生育に必要なすべての栄養と自然環境への対応力を与えられます。その結果、窒素やリンなどの無機栄養素だけでなく、アミノ酸やビタミン類などの有機栄養が供給され、さらには共生微生物のはたらきかけもあって病原菌の侵入や害虫の食害に対して抵抗力が生まれ、干ばつや寒冷などの厳しい気象条件にも耐えられるようになるのです。したがって有機資源の投入は、単に「作物に栄養を供給する」ことにとどまらず、作物の健全生育を支える多面的なはたらきがあることが分かります。

さまざまな農法がある
このようにして肥えた土(=健康な土)ができれば、その後はとても少ない有機物投入で十分に大きな作物生産が可能になることがあります。いわゆる無肥料栽培ができる場合もありますが、日本全国すべての農地で可能になるとは言えません。地域ごとの環境条件、個別農地の土の成り立ちによっては、多めの投入を続けなければならない場合があります。

有機農業にはさまざまな農法がありますが、無施肥や不耕起栽培などに取り組みたい就農希望者は、そうした栽培法の成功者のもとでの研修が必須です。作土の深さや排水性が良好か、腐植が豊かであるかなど、農地の選択も課題になります。また、そのような農法がなぜ可能なのか、科学的な理解も大切です。科学的な知識を持つ第三者にも協力を求めて、研修生とともに技術を高める努力を行いましょう。

文/涌井 義郎(あしたを拓く有機農業塾)

ガイドブック「有機農業をはじめよう!研修生を受け入れるために」6-7ページ

研修受入先の心得」4-5ページ、「土づくりの基本」8-9ページも参照ください。